2010年7月16日金曜日

ワールドカップ 南アフリカ大会

日本でも盛り上がったと思うけど、初のアフリカ開催ということで、ここルワンダでも大盛り上がり。もともとサッカーはみんな大好きなのだ。

教員宿舎には、校長の大盤振る舞いで、衛星テレビまできたのだ!みんなテレビに釘付け。

さっそく僕も日本対カメルーン戦をみたが、日本が勝利。やったーと浮かれるとみんなも一緒に喜んでくれる。だが、喜ばない人も。同じアフリカ国が負ければいい気はしないのだ。難しい。

協力隊員同士で首都キガリのバーに集まり、デンマーク戦を観戦したときの
熱狂は、周りの一般のルワンダ人が驚くほど。彼らも巻き込んで、大盛り上がり。

そして、パラグアイ戦。トゥンバの食堂で見てると、生徒たちも一緒になって応援してくれた。

結果は残念だったが、とてもすばらしい試合をしてくれた。

ワールドカップが始まる前ほとんど興味がなかったのだが、日本チームの予想外の素晴らしさに期間中はすっかり虜に。


ありがとう、ニッポン。

2010年7月11日日曜日

活動先訪問その1

やっと学校が暇になったので、JICAボランティアの同期の活動先を訪ねることにした。

村落開発普及員の同期は、パンの協同組合を作ることを模索中だ。同じ地域に住むルワンダ人の有志でパンがまを作り、パンを焼き、販売をするのだ。

やはり一番の問題はお金だ。残念ながら、お金の工面がつかず未だにパンがまを作ることも出来ない状態だ。

お金が絡む問題は仲間割れも引き起こす。パンがまを作る場所をリーダーの家に置くことにしたら、それに反対する人たちが出たそうだ。メンバーとはいえお互い不信感があり、結局そのメンバーは一新することになってしまったそうだ。


同期の役割は、お金を出すことではなく、アドバイスをすることに徹している。ルワンダ人自身で解決すること、つまり自立を促すためだ。


だがルワンダを含むアフリカ諸国の人々は、お金をJICAを含む援助団体からタダでもらおうする。いわゆる援助慣れだ。お金は出せないといくら言っても食い下がってくるそうだ。


今後はマイクロクレジット(※)を薦めていくそうだが、本人たちは渋っているそうだ。やはり返さなくてはならないお金だからだ。


だがタダのお金は、真剣になれないと思う。不必要なものに投資してしまいやすい。これまでの欧米や日本による無償資金提供が、逆にアフリカの発展を阻害してきたという話を聞いたことがある。


やはり真剣に自立を促すなら、なるべく本人たちの力でなんとかしてほしい。同期の奮闘に期待したい。


※・・・貧困者向けの低額融資のこと。担保はとらず、数人のグループをつくらせ、共同監視のもと返済していく。ノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌスの提唱したグラミン銀行が有名。

ハウスボーイ

13人家族(ルワンダ人12人+日本人1人)の我が家には、ハウスボーイが一人居る。皆でお金を出し合って雇っているのだ。彼の名前はデオ。仕事は料理と洗濯と雑用。



毎日毎日せっせと働いている彼を見るとつい感心してしまう。朝から炭で火をおこし料理の支度をはじめ、その合間に洗濯をする。夜の10時ごろまで働きづめだ。そして給料は20000Frw(約3300円)。



ふだんはぶっきらぼうで気楽に話しかけるのはきがひけるが、カメラを向けると恥ずかしがって隠れてしまうなかなかシャイな一面も。


つい2週間前から彼の姿が見えない。どうやら病気の兄弟がいるらしく普段から週末はキガリへ行っていたそうだ。その兄弟の病状が悪化したらしく、もうこれないそうだ。そうだったのか。


そして先週から新しいハウスボーイが来た。今度は気の弱そうな従順な感じ。名前はデオス。なんだか似てるなあ。

モスク礼拝

インドネシア人先生のゼンさんとキガリへ行く用事ができた。目的はモスクへ行くこと。インドネシアはイスラム教徒が多く、ゼンさんもムスリムなのだ。この日は金曜。金曜礼拝の日だ。


モスクへは異教徒の僕も簡単に入れてもらえた。入り口で靴と靴下をぬぎ、手足と口の中を水で洗い清めた後、礼拝堂へ。

喧騒のキガリ中心部にあるとは思えないほど静かで大きな伽藍に、一人の老人が柱によりかかりコーランを読んでいた。他には誰もいない。残念ながら到着が少し遅れたため、金曜礼拝は終わっていたのだ。


ゼンさんは一人、祭壇のまえで祈り始めた。普段はにこやかな彼も、祈るときの姿は全く別人だ。僕は後ろのほうで正座をしながら、その姿をただじっと見ていた。


規則正しく厳かなその祈り方は、確固とした依るべきものをもったムスリムのプライドが感じられた。祈りが終わり、ゼンさんが別のムスリムと会話をしているのを見ると、なんだか遠くの人のように感じられた。そして同時に羨ましくもなった。


羨ましいのは彼に仲間が出来たことではなく、深い宗教性に裏打ちされたゼンさんの存在だ。


僕ら日本人はなんだかふわふわした存在で宗教からは一歩置いているが、彼は生活に宗教がしみこんでいる。


ルワンダを含む世界の国々ではキリスト教やイスラム教を信仰し、それを自分のアイデンティティにしている。それをみていると、自分はこれでいいのかと不安になってくる。


僕は今の日本の束縛されない宗教観は好きだ。だから決して何かの宗教に入りたいわけではない。だがこの状態の欠点は、自分の中にいざという時の心のよりどころが無いことだと思う。


世界は、一人で生きていくには過酷で、吹きすさぶ嵐のようなものだと思う。その前で依るべきものをもたない人間は、簡単に自我が押しつぶされてしまうのでないだろうか。

南南協力


6月は、通信技術の専門家がトゥンバ高等技術学校(TCT)に来ていた。目的はルワンダ人先生への技術移転。ついでに僕も参加したが、通信分野は素人の僕でもとても分かりやすい講義だった。


1ヶ月間の集中講義は、PCネットワーク、Linuxサーバを使った電話交換システムの構築、光ファイバ通信などなど。理論だけではなく、実習を取り入れた授業だったので、やはり理解がとても深まる。


このインドネシア人講師のゼンさんは、かつて日本が支援したスラバヤ工科大学(EEPIS)の講師。かつてのEEPISも現在のTCTと同じ状況で、理論中心の授業だった。日本からの専門家の指導で建て直しによって、いまではインドネシアでも一番の人気工科大学になったそうだ。


実はTCTにはネパールやインドからも専門家を招いている。同時に、ルワンダ人先生をそれらの国々へ研修生として派遣しているのだ。今もET学科からは5人がインドネシアへ研修にいっている。


先進国が途上国を支援するいわゆる南北協力ではなく、途上国同士で支援する南南協力だ。JICAはその支援をし、TCTはその先駆けとなっているのだ。


多国籍のTCT。なんだかわくわくするような学校にきています。

2010年5月23日日曜日

アフリカとダニ

なんで、僕ばっかり・・
と思ってしまう今日この頃。それはダニ。
1日に5箇所は刺されます。


でも、アフリカ人は刺されない。
刺されるのは、肌の色の薄い我々のみ。


そもそもルワンダ人はみんなダニの存在を知らないのです。。
だから、ベッドはダニが沸き放題。
バスのシートや、職員室の椅子でも刺されます。


そこで日本やルワンダで、いろいろとダニグッズを集めて見ました。
なかなか効果があったのは、写真右端のスプレー缶。


これは、畳用ダニアースのフタと、ルワンダで売っている
殺虫剤バイゴン(※)を合体させたもの。


これをマットレスに刺して、バイゴンを大量注入。
最近は徐々に刺されなくなっています。


でも油断大敵。じっくり観察していきます。
痒い~。


(※)バイゴンは日本以外どこでも売られている殺虫剤。かなり強力だが、くさいのが難点。

2010年5月22日土曜日

言葉の壁と、洗礼。

下の投稿だけだと、ああ上手くやってるね、と思われそうだが、
実際は生徒とのやりとりが相当苦しかった。


最大の壁は、やはり言葉。
お互いが英語の授業初心者なので、
自分に問題があるのか、生徒に問題があるのかが分からない。


ルワンダ人の一般的性格として(日本人生徒も同じだが)、
意味が分からなくても分かりましたー、と言ってしまうのも混乱する原因だった。


生徒に何度言っても伝わらないときは、
焦りとイライラから、笑いも無く張り詰めた雰囲気の授業をしてしまう。


だんだん冷えていったクラスがあった。
そのクラスでは、最後の補修授業に誰も来なかった。
技官と2人で準備した測定器は、結局誰も触らなかった。



あきらめて教室を出るとき、辛かった。


教室の外の明るさと、他の生徒の笑いが、
これまでやってきたことは全て無駄だったと、
僕の心の内にさらけ出させようとしてる感じだった。


赴任して4ヶ月目。たぶん最初の洗礼だったと思う。

前期終了


前期の授業が終わった。
およそ2ヵ月半、実験の授業をやってきた。

上手く進められたとは全く思えないが、
少しほっとした。
授業の最後の打ち上げみたいな気持ちで
生徒と写真を撮りました。

生徒は今、試験の真っ最中。
がんばれ。

2010年5月10日月曜日

こんなところに、今、僕はいます。

先日、専門家の方から携帯GPSをもらったので、
さっそく職場の位置を測定してみた。

地図上で、この学校の位置を把握したのは、
いままで誰もいなかったそうだ。

日本じゃ考えられない。。

トゥンバ高等技術学校位置
誤差は5メートル以内だそうだ。


こんなところに、今、僕はいます。

山の空



トゥンバは2000mの山の上にある。
山の生活ほど空の動きを実感できるところは無い。


標高が高いので、目線より少し高いところ、手に届きそうなところに雲が広がる。特に5月の雨季は雲が厚く、低い。


バナナの葉がカサカサ揺れだすと、雨がくる証拠だ。ハウスボーイたちは大急ぎで洗濯物をとりこみ、道行く人たちは急ぎ足で家に帰る。


5分もしないうちに、赤茶けた道が黒く湿りだし、大粒の雨に覆われる。


向かいの山で雲の切れ間、太陽が顔をだす瞬間は、心が弾む。山の木々が萌黄色に輝きだすのだ。


眼下の谷間に滑り落ちてきたその光が、こちらに近づいてくれば、太陽が頭上に来る。


ハウスボーイたちは大急ぎで洗濯物を干す。家に隠れていた子供たちもはしゃぎだす。