2011年11月23日水曜日

キガリに日本食レストラン登場

半年ほど前に、キガリのギシューシュ地区に日本食レストランができた。
なかなか評判もいいし、同期と行ってきた。

店内は広く綺麗で、ルワンダ人(ケニア人?)の板前も。

寿司やうどん、鉄板焼きなど注文。どれもそこそこうまい。

経営者は日本人ではなく、韓国人。なので、メニューにビビンバもあり。

たまたまその韓国人もいたので話を聞いた。もともとケニアでレストランを経営していたらしく、ケニアは日本食レストランが8件ほどあるらしい。すでに過当競争なので、ルワンダに店を構えたそうな。しかしケニアの日本食レストランも、大きい店はほとんど韓国人経営らしく、日本人経営の店はもともと小さいためつぶれてしまったそう。実に商魂たくましい韓国人でした。



ところで「鉄板焼き」というメニューは外国でよくみかけるけど、日本でそんなにメジャーだったかしら。外国ではカウンターの前に立った料理人がお客の目の前でパフォーマンスをしながらジュージュー肉を焼くイメージだけど、日本ではせいぜい広島のお好み焼きぐらいしか浮かばない。

2011年11月16日水曜日

ウガンダ、カンパラ

カンパラはウガンダの首都だ。

しかし、ルワンダの隣国とはいえ、キガリよりも数倍大きく、物も豊富だ。ビルも多く、大型スーパーのナクマットには、なんとエスカレータが!これには驚いた。うらやましい。

街中には、中華料理店だけでなく、韓国料理店や日本人が経営する家庭料理の店まで。

しかし、大きいビルはたくさんあっても、渋滞がひどく、さらに道が塗装されていないところが多々ある。ぬかるみがひどく、タクシーが進めない。さらに道端はゴミだらけ。キガリは綺麗だったなあ。

バスが停車すると、バナナ売りや串焼き売りが寄ってきてみんなが買う。食べたバナナの皮は、窓からぽい。みんな気にせず、ぽい、ぽい、ぽい。ついに誰かが投げた皮が通行人の頭に命中。 怒っていたけど、みんな気にせず、続けてぽい。

街中には、ムセベニ大統領の広告があちこちに。カウボーイみたいな帽子がトレードマークのおじさん。25年も大統領やってます。ちなみに前々回の大統領は、あのアミン大統領。人食いアミンで有名なあの人。当時は大変だったろうけど、今はすっかり平穏な街のカンパラ。

ピグミー族

ピグミー族をご存知でしょうか?
世界でもっとも平均身長の低い種族の人たち。主に狩猟生活を行い、多くが中央アフリカに住んでいる。

彼らの集落を訪ねてみた。かなり山深いところにある。近くの村でバスを降り、集落を案内してくれる人に連れてきてもらった。別の民族の集落の一角に彼らは住んでいます。泥でできた家や茅葺だけの家の中から人々がでてきました。たしかに大人でも150cm以下。酋長(キングと呼ばれていた)は140cmもない感じ。 僕を見ると、客人として迎えてくれ、キングの横に座らされました。と、挨拶をする間もなく楽器を売りつけてきたのに、少し驚き。いろいろ家を案内してくれけっこうきさくな人たち。

写真もどんどん撮れとうながしてくる。

集落で育てている大麻の葉を見せてくれた。病気の治療や儀式に用いるという。
子どもたちは半分が服を着ていない。つまりフルチンだ。おなかがポコンと飛び出て、みんなすごいデベソ。そして彼らのペニスに割礼を行った形跡が残っていた。まだ習慣があるようだ。

しかし、村人全体に漂う、無気力と無関心。この重苦しい感じはなんだろう。

狩猟民族とはいえ、周りの森はどこも保護区になっており、狩はできない。ほそぼそと食料を植えて、池で魚をとって暮らしている。体は小さいが、筋肉はたくましく、木陰から弓を引く姿が見えてきそうな彼らに、農耕生活は合わないだろう。さらに、政府や他の農耕民族からの迫害が行われた歴史もある。大人の男が、昼間から酒を飲んでいる姿が多々見られた。

ここは地元のNGOが生活をサポートしている。僕もNGOの案内人に1000円ほど払ったが、これが集落全体にいきわたる。しかし僕が来る前は2週間誰も 来ていない。もちろん周辺には働きに出るところもない。現在98人が暮らしているというが半数は子どもで、徐々に数は減っているという。さらにHIVの感染数も多い。これはピグミー族の女性とセックスをすると腰の病気が治るという俗信がいまだに残り、近隣の男性との無防備なセックスがHIVや各種の性病を広がらせている。病気なのだろうか、家の前のゴザで寝転がったまま起きない女性が数人いた。

生活、病気、子ども、大人、セックス、貧困。それぞれの垣根が無く、混沌として、むき出しのままさらけだしていた。ピグミン集落。


こんなことを考えていると、なんだかいたたまれなくなり、日本の踊りを見せようと、カチャーシーを踊ってみせた。すると何人かの大人と子どもたちが興味を示した。マンデラという酔っ払いのおじさんは、真似をして踊り、やたらと抱きつき、仲良しの挨拶の頭突きまでしてきた。
かばんの中からバナナチップの袋が入っていたので、みんなにあげようとすると、一気に歓声が沸く。くれくれくれー。大人も子どもも。どこにこんな元気があったのだろうかと思うくらいだ。
マンデラの制止を振り切って帰ろうと、みんなに手を振ったがほかのみんなはすでに僕に無関心だった。うーーん。

ちょっとほろ苦い、ピグミー体験。

ウガンダ、ビクトリア湖

学校の休み期間を利用してウガンダへ旅行してきた。キガリから飛行機で45分。

ウガンダはルワンダの北側と接する隣国。ルワンダの数倍大きい内陸国で、ビクトリア湖の一部を内包する。

ビクトリア湖には行ってみたいと思っていたのでエンテベ国際空港からさっそくフェリーに飛び乗ることに。

その大きさはまるで海のよう。波の立たない緑色の湖面がどこまでもひろがる。赤道の太陽に照らされた水面は強烈な光の反射をかえす。浮き枝や浮き草の上で羽を休めるアフリカ水鳥は、フェリーが近づくと重そうな体をゆすって飛び去ってゆく。

のんびり進むフェリーの中は、多くのウガンダ人がひしめきあっている。甲板でのんびりと湖を眺めているとウガンダ人が話しかけてくる。一見無愛想だけど、彼らはとても気さく。あくびをしたので脇腹をつついてやると、へへへと照れ笑い。なんかルワンダ人みたい。



でも顔つき体格がルワンダ人と全く違う。ずんぐりむっくりの大柄の体型で、鼻が平べったい。話す言葉は、バントゥー語系のルガンダ語なのでルワンダ語になんとなく似ている。

ビクトリア湖はナイル川の源流といわれている。ここからエジプトまで流れてくのを想像すると気が遠くなるほどの道のりをたどるのだなあと水に感心。ちなみにこのビクトリア湖、泳がないほうがいい。住血吸虫にやられる危険性があるのです。感染すると血管に住み着くおそろしい虫。こわい。


これ、記念すべき海外10カ国目。
学生のときタイを一人旅して以来、インド、中国、アメリカ、メキシコなどを巡り歩いてきました。一回の旅で一カ国が基本なので意外と少ないかも。協力隊になってから、ルワンダ、ケニア、フランス、モロッコと旅行してきました。ちょっと達成感。

2011年11月13日日曜日

東アフリカの飢饉

東アフリカにあるアフリカの角と呼ばれる地域で、過去60年間で最悪の干ばつが起きています。

特に被害が大きいのがソマリアです。ソマリアは前政権の崩壊以降、事実上の無政府状態が続いています。さらに最近ではアルカイダ系の組織がケニアと交戦を行っており非常に不安定な地域でもあります。

JICAのHPで飢饉の様子が伝えられているので興味のある方は是非。
http://nantokashinakya.jp/projects/africa/