2010年2月27日土曜日

アボガド

学生食堂でアボガドが売っていたので、ためしに2つ買ってみた。150Frw(25円)。

今朝、朝食代わりに食べてみた。
よく熟れていいる。そしてほんのり甘い。こんな美味しいアボガド初めてだ。

授業見学

今週は授業見学をしてきた。

所属先は電子通信学科(ET学科)。同僚の先生たちはほとんどが20代、30代。
だから日本の大学と大きく違って、授業がエネルギッシュだ。
プロジェクタを使って教えている先生もいる。

でも、ここには大きな問題がある。
先生のほとんが、実習ができないこと。理論しか教えられないのだ。
測定器(オシロスコープ、テスター)や半田ごてすら上手く使えないという。

自分が来週から担当するのはその実習だ。今、その準備に追われている。

窓からの小景

部屋の窓を開ければ、山並みが。

牛の鳴き声、子供の笑い声が聞こえる。
ここに来て、やっと求めていた景色に出会えた気がする。

2010年2月20日土曜日

首都で爆発事件 Bombing incident in Kigali

昨夜8時頃、首都のキガリで3件の爆発事件があった。死者も数人出たらしい。JICAの緊急連絡網で知った。

先週までほぼ毎日歩いていたところだから、よけい怖い。

2/25にはサルコジ仏大統領の訪問や、8月のルワンダ大統領選挙などがある矢先の出来事だけに心配だ。

At Friday night, there are three bombing incident in Kigali, and some people killed. I got this information from JICA emergency contact.

I'd walk around these area until last week. It was terrible.

French president will visit Rwanda on 25th February and in this August Rwandan president election start. I'm worried whether these event will be good or not..

p.s. BBC news
http://news.bbc.co.uk/2/hi/africa/8525989.stm

任地到着!

ついに到着しました、任地!山奥です。



道もろくに舗装されていない、地肌むき出しの道をひた走り、山の頂上にある小さい集落のなかにそれはありました、トゥンバ高等技術専門学校(Tumba Technical College)。


下の写真が校長室や職員室が入る校舎。この後ろに授業をする校舎が続いてます。赤レンガづくりのとてもお洒落な学校。











これが僕の部屋が入っている宿舎。出来たばかりらしくとても綺麗。
右奥に自室。しかし、ここに13人も入っているのです。朝のシャワーは戦争間違いなし。


2010年2月19日金曜日

ルワンダ食 Rwandan Foods

ルワンダの食事は、ほとんど決まっている。煮豆(イビシンボ)、揚げポテト(イビラーイ)、煮バナナ(イビトーチ)、米(ウムチェリ)が定番。野菜はあまり食べないかな。肉も一切れあるかないか

どれも美味しいのですが、飽きます。お腹が満たされればOKという食べ物が多くちょっとビタミン不足気味。
特に煮豆(イビシンボ)は、てんこ盛りにして食べるので、もう~飽き飽き!

Rwandan people eat almost same foods. Boiled beans, fried potato, boiled banana and rice. They don't eat vegetables and meats very much.

Each of them are tasty, but I've bored. The purpose of these foods is only for full stomach. I'm luck for vitamins...

ジェノサイドについて その2

ジェノサイドの概要を簡単に書いておこう。

1994年4月7日、大統領の乗った飛行機が撃墜されことに端を発して暴動が起こり、ツチ族と穏健派フツ族が殺された。その数、50万人とも100万人とも言われる。ナチスのホロコースト、ポル・ポトによるカンボジアでの虐殺と並ぶ20世紀最大の虐殺だ。


ルワンダジェノサイドの特徴はそのスピードだ。わずか3ヶ月で80%の人が虐殺されたという。こんなことは同時多発的かつ組織的に殺さないと達成できない。政治的な意図の下、虐殺が準備されていたと言われている。


当時はフツ族による政権だったが、RPF(ルワンダ愛国戦線)と呼ばれる国外にいたツチ族による反乱軍と戦っていた。たびたびのRPFの侵攻に、ルワンダ国内に残っているツチ族に対する不信感は高まっていたのだ


単純な民族間の恨みによる偶発的なものでは無い。これは政権を維持するための目的で一部の人間が引き起こした出来事なのだ。多くの人は、バナナを刈り取る鉈で殺されていたが、虐殺の起こる数年前から、不自然に鉈の輸入が増えていたそうだ。


人は何でもやってしまう。昨日まで普通に暮らしていた隣人同士が次の日に殺しあうのだ。そしてジェノサイドを仕掛ける人間もいる。

ジェノサイドについて

映画「ルワンダの涙」(原題:Shooting the dogs)を観た。キガリにある公立技術学校(ETO)で起こったジェノサイドの話だ。これまで4回観てきた。


ホームステイ先で、夜中に不意に目が覚めて、無性に観たくなったのだ。ノートPCを開き、蚊帳の中で観ていた。キガリ市カチル地区の名前が出てきたとき、背筋が凍った。このホームステイ先の地区だ。ここの時やっと自分が虐殺の起こったルワンダに立っていることを納得した気がした。


毎日なにげなく歩いている道は、鉈や銃で殺された人たちがあちこちに横たわる血の海だったということを忘れてはいけない。木の根元や側溝にも打ち捨てられていたはずだ。これはルワンダの一般人が、隣人同士が鉈を振るったのだ。


ここの国で起こったジェノサイドを外人である自分が語っていいのかいつも迷ってきた。だが僕たちも状況しだいで鉈を振るう鬼になるのだということも十分ありうる。


平和な暮らしは想像力を駄目にする。アフリカ人は野蛮だね~では済まされない。今、自分に言い聞かせるようにこれを書いている。

2010年2月1日月曜日

イーコ、イーコ Eko, Eko


カランガジの街を歩いていると、外人が珍しいのかあちこちから呼びかけられる。ニーハオ、ハワユー、ムズング(白人)とか。でも、その中にイーコ、イーコと呼びかけられることがあった。

イーコとは、ここで活動していた協力隊員の名前だ。本当はユイコさん。彼女はこの街で2年間、ミシン教室の運営と収入向上を目指すための市場開拓をされていたそうだ。また、識字教室や子供たちに空手などを教えていたとか。

話す人、話す人、みんなが彼女のことを知っている。
この地で、日本人が名前を残していたのだ。

While I was waking around Karangazi town, I was usually said "Ni-hao, How are you?, Muzungu(white person)". But, someone said me "Eko, Eko".

Eko is a name of JOCV who acted here. Real name is Yuiko. She acted to manage a school of sewing and language school and Karate school.

Almost Rwandan know her name.
One Japanese women left her name on this area.